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佐藤一斎 重職心得箇条

佐藤一斎
(渡辺崋山筆)

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・字は「大道」、通称は「捨蔵」、号が「一斎」または「愛日楼」・「老吾軒」
・江戸末期の陽明学者。(1772~1859)
・自藩の美濃岩村藩(現岐阜県)の重役たちのために著したもの。
・佐久間象山、山田方谷、渡辺華山など門人と、佐久間象山の門からは吉田松陰が出ている。
・著書に「言志四録」あり。

1.
重職と申すは、家国(かこく)の大事を取計(とりはかる)べき職にして、比(この)(じゅう)の字を取失(とりうしな)ひ、軽々しきはあしく候(そうろう)

大事に油断ありては、其(その)職を得ずと申すべく候。先(ま)づ挙動言語(きょどうげんご)より厚重(こうじゅう)にいたし、威厳(いげん)を養(やしな)うべし。

重職は君(きみ)に代るべき大臣(だいじん)なれば、大臣重(おも)ふして百事(ひゃくじ)(あが)るべく、物を鎮定(ちんてい)する所ありて、人心(じんしん)をしつむべし、斯(かく)の如(ごと)くにして重職の名に叶ふべし。
 
又、小事に区々(くく)たれば、大事に手抜(てぬかり)あるもの、瑣末(さまつ)を省(はぶ)く時は、自然と大事抜目(ぬけめ)あるべからず。
斯の如くして大臣の名に叶ふべし。
 
(およ)そ政事(まつりごと)名を正すより始まる。
今先(ま)ず重職大臣の名を正すを本始(ほんし)となすのみ。
重役とは国家の大事を処理すべき役職であって、その重の一字を失い、軽々しく落ちつきがない振る舞いは悪い。

大事に際し油断があるようでは、この職は務まらない。まず挙動言語から重厚にし、威厳を養わねばならない。

重役は主君に代って仕事をする大臣であるから、大臣が重厚であってはじめて、万事うまくいくし、物事をどっしり定めるところがあって、人心を落ちつかせることができるものである。それでこそ重役という名に叶うのである。

また小事にこせついていては大事に手抜かりがでてくる。小さなとるに足らない物を省けば自然と大事に抜け目がなくなるものである。
このようにして初めて大臣という名に叶うのである。

およそ政事というのは名を正すことから始まる。今まず重役大臣の名を正すことが政事の一番の本であり始めである。

2.
大臣の心得は、先(ま)づ諸有司(しょゆうし)の了簡(りょうけん)を尽さしめて、是を公平に裁決する所、其職なるべし。

もし有司の了簡より一層能(よ)き了簡有りとも、さして害なき事は、有司の議を用るにしかず。
有司を引立て、気乗り能(よ)き様に駆使(くし)する事、要務にて候。

又、些少(さしょう)の過失に目つきて、人を容(い)れ用る事ならねば、取るべき人は一人も無之様(これなきよう)になるべし。
功を以(もっ)て過を補はしむる事可也(かなり)

又賢才(けんさい)と云ふ程のものは無くても、其藩だけの相応のものは有るべし。
人々に択(え)り嫌なく、愛憎の私心を去て、用ゆべし。
自分流儀のものを取計るは、水へ水をさす類にて、塩梅を調和するに非(あら)ず。
平生嫌ひな人を能く用ると云う事こそ手際なり、此工夫あるべし。
大臣の心得として、まず部下、諸役人の意見を十分発表させて、これを公平に裁決するのがその職分であろう。

もし、自分に部下の考えより良いものがあっても、さして害のない場含には、部下の考えを用いる方が良い。
部下を引き立てて、気持ち良く積極的に仕事に取り組めるようにして働かせるのが重要な職務である。

また小さな過失にこだわり、人を容認して用いることがないならば、使える人は誰一人としていないようになる。
功をもって過ちを補わせることがよい。

またとりたてて偉いという程の者がいないとしても、その藩ごとに、それ相応の者はいるものである。
択り好みをせずに、愛憎などの私心を捨てて、用いるべきである。
自分流儀の者ばかりを取り立てているのは、水に水を差すというようなもので、いい塩梅に調理はできない。
平生嫌いな人を良く用いる事こそが腕前であり、工夫が大切だ。
 
3.
家々に祖先の法あり、取失(とりうしな)ふべからず。
又仕来仕癖(しきたりしぐせ)の習(ならい)あり、是は時に従(したがい)て変易(へんえき)あるべし。
 
兎角目の付け方間違ふて、家法を古式と心得て除け置き、仕来仕癖を家法家格(かかく)などと心得て守株(しゅしゅ)せり。
時世に連れて動すべきを動かさざれば、大勢(たいせい)立ぬものなり。
家々には祖先から引き継いで来た伝統的な基本精神(祖法)があるが、これは決して失ってはならない。
また、仕来り、仕癖という習慣があるが、これは時に従って変えるべきだ。

 とかく目の付け所を間違って、祖先伝来の家法を古くさいと考のえて除けものにし、仕来り、仕癖を家の法則と思って一所懸命守っている場含が多い。
時世に運れて動かすべきものを動かさなけれぱ、時勢に遅れ役立たない。
 
4.
先格古例(せんかくこれい)に二つあり、家法の例格(れいかく)あり、仕癖(しぐせ)の例格あり、先(ま)づ今比事(このこと)を処するに、斯様斯様(かようかよう)あるべしと自案(じあん)を付(つけ)、時宜を考えて然(しか)る後例格を検(ただ)し、今日に引合すべし。
 
仕癖の例格にても、其通(そのとお)りにて能(よ)き事は其通りにし、時宜に叶はざる事は拘泥(こうでい)すべからず。
 
自案と云ふもの無しに、先づ例格より入るは、当今(とうこん)役人の通病(つうへい)なり。
昔からの習わしとか先例というものには二種類あり、一つは家法からくる決まりであり、もう一つは昔から続いてきているしきたりである。
今、ある問題を処理する場含、こうあるべきだという自分の案をまず作成し、時と場合を考えた上で習わしとか先例とかを調べて、これで良いかを判断すればよい。

慣習からくる習わしや先例であっても、その通りで良い事はその通りにすれば良いが、ほどよいころあいに合わなければそれにとらわれてはいけない。

自案というものも持たずに、まず古い習わしとか先例とかから入っていくのは、今の官僚の悪い病気である。

5.
応機(おうき)と云ふ事あり肝要也(なり)

物事何によらず後の機は前に見ゆるもの也。
其機の動き方を察して、是に従ふべし。
物に拘(こだわ)りたる時は、後に及でとんと行き支(つか)へて難渋(なんじゅう)あるものなり。

機に応ずるということがあるが、これは重要なことである。

何事によらず、後からやって来る機というものは事前のきっかけを察知できるものである。
その機の動きを事前に察知してそれに対応するよい。
物に拘わりその機をのがした後では、難渋するものである。

6.
公平を失ふては、善き事も行はれず。
(およ)そ物事の内に入ては、大体の中すみ見へず、姑(しばら)く引除(ひきのけ)て活眼にて惣体(そうたい)の体面(たいめん)を視(み)て中(ちゅう)を取るべし。
公平を失っては善い事すらも行われない。
物事にとらわれてしまうと全体像が見えなくなってしまう。
しばらく問題を脇に除けて、目の届かないところがないようにじっくり観察して、偏りのないよう中をとるがよい。

7.
衆人(しゅうじん)の厭服(えんぷく)する所を心掛べし。
無利押付の事あるべからず。

苛察(かさつ)を威厳(いげん)と認め、又好む所に私するは皆小量の病(へい)なり。
衆人が服従することを厭がるところをよく察すべき。
無理に押付けるようなことがあってはならない。

うるさく立ち入ることを威厳と考えたり、好き放題に自分にとって都合の良いことをするのは、すべて人物の器量が小さいところから生まれる病気である。
8.
重職たるもの、勤向(つとめむき)繁多(はんた)と云ふ口上(こうじょう)は恥べき事なり。

仮令(たとい)世話敷(せわしく)とも世話敷と云はぬが能(よ)きなり、随分手のすき、心に有余あるに非(あらざ)れば、大事に心付(づ)かぬもの也。

重職小事(しょうじ)を自(みずか)らし、諸役(しょやく)に任使(にんし)する事能(あた)はざる故(ゆえ)に、諸役自然(しぜん)ともたれる所ありて、重職多事(たじ)になる勢(せい)あり。
重役たる者、仕事が多い、忙しいという言葉を口に出すことを恥ずべきである。

たとえ忙しくとも忙しいといわない方が良い。随分、手をすかせたりして、心の余裕がなければ、大事な事に気付かず、手抜かりが出るものである。

重役が小さな事まで自分でやり、部下を信じて任せるという事ができないから、部下が自然ともたれかかって釆て、重役のくせに仕事が多くなり忙しくなるのである。

9.
刑賞与奪(けいしょうよだつ)の権(けん)は、人主(じんしゅ)のものにして、大臣是(これ)を預るべきなり、倒(さかさま)に有司(ゆうし)に授(さず)くべからず、斯(かく)の如(ごと)き大事に至ては、厳敷(きびしく)透間(すきま)あるべからず。 人を使う上で、「罪を犯した者は必ず罰する」、「賞すべき功績のある者は必ず賞し」、また「与える」「奪う」これらの権限は主君のもので、大臣はこれを預るものであり、逆さまに部下に持たせてはならない。
このような大きな問題は厳格に扱い、抜かりのないようにしなければならない。

10.
政事(まつりごと)は大小軽重(だいしょうけいちょう)の弁(わきまえ)を失(うしな)ふべからず。
緩急(かんきゅう)先後(せんご)の序(じょ)を誤るべからず。

徐緩(じょかん)にても失し、火急(かきゅう)にても過(あやま)つ也、着眼を高くし、惣体(そうたい)を見廻し、両三年(りょうさんねん)四五年乃至(ないし)十年(じゅうねん)の内何々(なになに)と、意中に成算(せいさん)を立て、手順を逐(おう)て施行すべし。
政事においては、大きなことと小さなこと、大切なことと些細なことを取り違えてはならない。
何を先に行い、何を後に回すかの順序も誤ってはならない。

ゆっくりのんびりか構えていると時機を失することになり、あまり急いでも過ちを招くことになる。
着眼を高くして、全体を見廻し、両三年、四五年ないし十年の内には心の中で成算を立て、手順を踏んで実行すべき。

11.
胸中を豁大寛広(かつだいかんこう)にすべし。
僅少(きんしょう)の事を大造(たいそう)に心得て、狭迫(きょうはく)なる振舞あるべからず。
仮令(たとい)(さい)ありても其用(そのよう)を果さず。

人を容(い)るゝ気象(きしょう)と物を蓄る器量こそ、誠に大臣の体(てい)と云うべし。
心を大きく持って寛大でなければならない。
とるに足りないことを大層らしく考えて、こせこせとゆとりのない振る舞いはしてはならない。。
これでは、たとえ素晴しい能力を持っていても、その能力を発揮させることができない。

人を包容する寛大な心と何でも受けとめることのできる度量の大きさこそが、まさに大臣の大臣たるというものである。

12.
大臣たるもの胸中に定見(ていけん)ありて、見込たる事を貫き通すべき元より也。
(しか)れども又虚懐(きょかい)公平にして人言(じんげん)を採り、沛然(はいぜん)と一時に転化すべき事もあり。
此虚懐転化なきは我意(がい)の幣(へい)を免れがたし。
能々(よくよく)視察あるべし。
大臣たるもの胸中に一つの定まった意見を持ち、一度決心した事を貫き通すべきであるのは当然である。
しかし心に先入観、偏見をもたないで公平に人の意見を受け入れ、さっとすばやく一転変化しなければならない事もある。
この心を虚して意見を聞き一転変化することができない人は、我意が強いので弊害を免れることが出来ない。
よくよく観察・会得しなければならない。

13.
政事(まつりごと)に抑揚(よくよう)の勢(せい)を取る事あり。
有司(ゆうし)上下に釣合を持事(もつこと)あり。能々(よくよく)(わきま)ふべし。
此所手に入て信を以て貫き義を以て裁(さい)する時は、成し難き事はなかるべし。

政事においては、抑制したり、高揚させたり、誉めたり叱ったりを取ることがある。
部下に対しても上下間の釣り合いを考え、常に公平な対応を心がけるべきである。よくよくこれをわきまえねばならない。
このところを充分心得たうえで、信念以って貫き、正義を以って裁いていけば、成し難い事はないものである。

14.
政事と云へば、拵(こしら)へ事、繕(つくろ)ひ事をする様にのみなるなり。
何事も自然の顕(あらわ)れたる儘(まま)にて参(まい)るを実政(じっせい)と云ふべし。
役人の仕組事(しくみごと)皆虚政(きょせい)也。
老臣(ろうしん)など此風(ふう)を始(はじ)むべからず。
大抵(たいてい)常事(じょうじ)は成べき丈(だけ)は簡易にすべし。手数を省く事肝要なり。
政事というと、どうでもいい仕事を作り出したり、慣習にとらわれた中身のない仕事ばかりするようになるものである。
何事も自然に現われたままでいくのを実政というのであって、役人の仕組むような事は皆虚政である。
殊に老臣などは役人の模範であるから、こういう悪風を始めてはならない。
通常起こる大抵の仕事は、できるだけ簡易にすべきである。手数を省くことが肝要である。
 
15.
風儀(ふうぎ)は上より起るもの也。
人を猜疑(さいぎ)し蔭事(いんじ)を発(あば)き、たとへば誰に表向(おもてむき)斯様(かよう)に申せ共(ども)、内心は斯様(かよう)なりなどゝ、掘出す習は甚(はなはだ)あしゝ、上に此風(このふう)あらば、下必(かならず)(その)(ならい)となりて、人心に癖を持つ。
上下とも表裡両般(ひょうりりょうはん)の心ありて治めにくし。
何分此(この)(むつ)かしみを去り、其事(そのこと)の顕(あらわ)れたるまゝに公平の計(はから)ひにし、其風(そのふう)へ挽回(ひきまわ)したきもの也。

風紀・風習というものは上の方から起ってくるものである。
人を疑ってかかり、隠されている事まであばいたり、例えば「あの時は立場上あういう風に言ったけど本心は違うんだ」などと蒸し返すようなことは非常に悪いことである。
上にこのような傾向があれば、下は必ず見習い、人心に悪い癖がつく。
上下ともに心に表裏、本音と建前が出来、治め難くい。
従ってこのような事態を避け、その事の現われたまま正直に公平にやれるように取り戻したいものである。

16.
物事を隠す風儀(ふうぎ)(はなはだ)あしゝ。
機事(きじ)は密なるべけれども、打出して能(よ)き事迄(ことまで)も韜(つつ)み隠す時は却(かえっ)て、衆人に探る心を持たせる様になるもの也。

物事を何でも秘密にしようとする習慣は非常に悪い。
機密に属することは秘密でなければならぬが、明け放しても差し支えのない事までも包み隠しする場含には、かえって人々に探ろうという心を持たせるようになる。

17.
人君の初政(しょせい)は、年に春のある如(ごと)きものなり。
(まず)人心(じんしん)を一新して、発揚(はつよう)歓欣(かんきん)の所(ところ)を持たしむべし。
刑賞(けいしょう)に至(いたり)ても明白なるべし。
財帑(ざいど)窮迫(きゅうはく)の処より、徒(いたずら)に剥落厳沍(はくらくげんご)の令のみにては、始終(しじゅう)(ゆき)(た)ぬ事となるべし。
(この)手心にて取扱あり度(たき)ものなり。

人君が初めて政事をする時というのは、一年に春という季節があるようなものである。
まず人の心を一新して、元気で愉快な心を持たすようにせよ。
賞罰においても明白でなければならない。
財政窮迫しているからといって寒々とした命令ばかりでは結局うまくいかないことになるだろう。ここを心得たうえでやっていきたいものである。


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