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諸葛亮(孔明)   外甥を戒める書(誡外甥書)

諸葛亮(孔明)  

Koumei_2

 
(そ)れ志(こころざし)は当(まさ)に高遠を存し、
先賢を慕い、情欲を絶ち、凝滞
(ぎょうたい)を棄つべし。
 
庶幾(しょき)の情をして、掲然(けつぜん)として存する所あり、惻然(そくぜん)として感じる所あり、
 
屈伸(くっしん)を忍び、細砕(さいさい)を去り、諮問(しもん)を広め、嫌吝(けんりん)を除かしむれば、
何ぞ美趣
(びしゅ)を損ぜん。何ぞ済(な)らざるを患えん。
 
(も)し志、強毅(そ)ならず、意、小亢慨(こうふん)ならず、徒(いたずら)に碌々(ろくろく)として俗に滞(とどこお)り、黙々として情に束(たば)ねられなば、長く凡庸(ぼんよう)に竄伏(ざんぷく)して下流を免れざらん。
 
夫志當存高遠。慕先賢、絶情欲、棄凝滞、使庶幾之志、掲然有所存。惻然有所感。
忍屈伸、去細砕、広咨問、除嫌吝、雖有淹留、何損於美趣。何患于不済。
若志不強毅、意不慷慨、徒碌碌滞于俗、黙黙束于情、永竄伏于凡庸、不免于下流矣。
 
外甥: 妻の兄弟姉妹の子、他家に嫁いだ姉妹の子。
 

(そ)れ志(こころざし)は当(まさ)に高遠を存し、
人の理想を追求する精神の動向・目的である志は出来るだけ高く出来るだけ遠く、高遠でなければならない。低くてはいけない。目先ではいけない。
 
先賢を慕い、情欲を絶ち、凝滞(ぎょうたい)を棄(す)つべし。
先賢:
凝滞:
棄つ:
先輩の賢人。
物事が凝り滞って先へ進まないこと。
すてる
賢人・聖人の学問や人物を尊敬し、自らも高めていかなければならない。
物欲・肉欲を出来るだけ整理し捨てて、物事の凝り滞りをなくさ無ければならない。
水は滞ると腐る。血液が滞ると病気が出る。凝り滞ってはいけない。何事も円(まどか)に通じなければならない。
 
庶幾(しょき)の情をして、掲然(けつぜん)として存する所あり、惻然(そくぜん)として感じる所あり、
庶幾:
掲然:
惻然:
こい願う、その状態の実現を希望する。
はっきりと掲げる。
反省・残念に情けなく思う。
ただ願う志だけでは空想になったり現実に力が無い。物事が創造され生み出されていく「気」が伴う志気が無ければならない。情熱が無ければならない。
志気・志情をはっきりと掲げ存在せしめる。何を考えているのか分からないではいけない。
こういう事が俺はなっていない、と自ら反省・不満を感じ、情けなさを持ち良心的情熱的でなければならない。
 
曲伸(くっしん)を忍び、細砕(さいさい)を去り、諮問(しもん)を広め、嫌吝(けんりん)を除かしむれば、
屈伸:
細砕:
諮問:
嫌吝:
ある時は屈し、ある時は伸びる。ここでは屈の意味が強い。
細かく砕く。細は、あまりに細かくわずらわしい。小理屈、小さな感情。
広く立派な人に諮(はか)り、問い、教えを受ける。
嫌はきらう。吝はケチ。あれもこれも気に食わん、金がかかり無駄だと好き嫌いが多くケチ。
理想を持つ者ほど伸びを求めるが、いろいろと障害があり思うように伸びなくても、感情的・激情的になってはいけない。
小理屈、小さな感情、わずらわしい事を抱かずに、小さな事に悲観してはいけない。
自分が偉いと思っても知れている。広く立派な人に諮り、問い、教えを受ける。
好き嫌いが多くケチであってはならない。
 
何ぞ美趣(びしゅ)を損ぜん。何ぞ済(な)らざるを患えん。
美趣:
りっぱな趣(おもむき)。立派な考え、内容。
立派な考え・内容を損なう事はない。
そうすれば必ず成功する。
 
(も)し志、強毅(きょうき)ならず、意、小亢(こうふん)ならず、
強毅:
小亢憤:
意志が強いこと。精神が不屈あること。
毅然として抵抗力を発揮する
もし志が強くなく、意志が乏しいく、
 
(いたずら)に碌々(ろくろく)として俗に滞(とどこお)り、黙々として情に束(たば)ねられなば、
碌々:
俗:
物事の正常でないこと、まともでないこと、満足できる状態でないこと。
世間普通。 平凡で価値の低いもの。
無駄に満足なく、人情に押し流され一般の世の中で平凡な生活に甘んじていれば、
 
長く凡庸(ぼんよう)に竄伏(ざんぷく)して下流を免れざらん。
凡庸:
鼠俗:
すぐれた点もなく平凡なこと。
逃れ隠れる。
ありきたりの平凡な人間にとどまって、下積みのまま終えてしまうだろう。

<立志、師友と知己>

志を立て、理想精神を養い、信じる所に従って生きようとしても、人はなかなか理解してくれないし、下流・凡庸の人々は往々にして反感・軽蔑したりする。

これらの環境下では、人間が出来ていないと自主性・自立性がなくなり、外の力に支配されがちになる。
しかし、学び、自ら修め、自らに反(かえ)り、立つところ養うところがあると、それらを克服していく事ができる。

自らを修めると同時に、その体験をもって同志の理解者となる。そして自らが自らを知っていく。己を知る者はまず己でなければならない。同時に「人の己」を知り、本当の理解者になる事は実に尊い。

「知己」は難しい。我々は師と友を持つ事によって自らを知ってもらう。自らを知ってもらう事によって自ら知る事が出来る。ここに、人の知己の尊さがある。


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