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王陽明 閑是非・閑煩悩を省了す


王陽明(おうようめい)と聾唖(ろうあ)者、揚茂(ようも)の筆談記録


王:
『汝(なんじ)の口は是非を言う能(あた)わず。
汝の耳は是非を聴く能(あた)わず。
汝の心は還(なお)(よ)く是非を知るや否や。』
 
おまえの口は良いか悪いか言うことはできない。
何が善いか悪いかを聞くことができない。
おまえは何が善いか悪いか、善悪がわかるか。
 
茂:
『是非を知る。』
 
善悪はわかる。
 
王:
『此(かく)の如(ごと)くんば、汝の口、人に如(し)かず、汝の耳、人に如かずと雖(いえど)も、汝の心は還(なお)人と一般なり。』
 
それならば、おまえの口は人のように言えない、耳は人のように聞こえないが、心はそれでもなお人と同じではないか。
 
茂:
時に首肯(しゅこう)拱謝(きょうしゃ)す。
 
お辞儀をし、両手の指を胸の前で組み合わせた。
 
王:
『大凡(おおよそ)人はただ是れ此の心なり。
 
(こ)の心、若(も)し能(よ)く天理を存すれば、
是れ箇の聖賢(せいけん)(の)心なり。
 
口言う能(あた)わずと雖(いえど)も、耳聴く能(あた)わずと雖(いえど)も、也(また)是れ箇の不能言不能聴的(の)聖賢なり。
 
心若(も)し天理を存せざれば、是れ箇の禽獣(きんじゅう)(の)心なり。
口能(よ)く言うと雖(いえど)も、耳能(よ)く聴くと雖も、また只是れ箇の能言能聴的(の)禽獣なり。
 
人の人たる所以(ゆえん)は心に在る。
 
お前の心が天理を認識し、それに従う心があれば、これは聖人賢人の心と同じだ。
 
言う事ができない、聞く事が出来ない、ただそれだけの聖賢である。
 

心に天理をもっていなければ、鳥けものの心でしかない。
言う事ができる、聞く事ができるといっても、言い・聞きできる鳥獣の心でしかない。 
 
天理:
「天」は大いなる造化 (万物を創造し、万物を変化育成) をしてゆく。一切万有はその中に在(あ)る。それを「天」といい、自然と人間とを一貫するもの。
 
その中に厳として存在するところの神秘な深遠な理法。それによって存在し、それによって活動している。それが無ければ存在活動が無い所以のものが「理」、ことわり、即ち「天理」。天理によって宇宙も人間も存在している。
 
自然科学はこの「天理」を物の面から追求し、宗教とか道徳は、「天理」を心の面から追求・把握し証明したもの。
  
茂:
時に胸を叩いて天を指す。
 
感動して胸を叩きいて、そのとおりです。
王:
『汝(なんじ)如今(いま)父母に於いては但(た)だ汝の心の孝を尽くし、兄長に於いてはただ汝の心の敬を尽くし、郷党(きょうとう)・鄰里(りんり)・宗族(しゅうぞく)・親戚に於いてはただ汝の心の謙和恭順(けんわきょうじゅん)を尽くし、人の怠慢を見るも、嗔怪(しんかい)を要せず。

人の財利を見るも貪図(どんと)を要せず。
ただ裏面に在って汝が那(そ)の是(ぜ)とするの心を行のうて、汝が非とするの心を行なうなかれ。
 
 
たとえ外面、人、汝を是と説(い)うも、また聴くを須(もち)いず。汝を不是と説(い)うも、また聴くを須(もち)いず。 』
父母には孝行し、目上先輩には敬い、郷里の仲間・隣村・親戚一族には慎み素直に従い、他人の怠慢をみても腹を立て怒ることは必要ない。
 
 
  
 
人の財利を見て俺も欲しい・奪ってでも得ようとするようなことをしない。
表立たぬ内にあっては、自分が良いとする心に基づいて行動し、悪いとする心は行ってはいけない。
 
たとえ上っ面だけの人が、おまえのことをいいと言っても、それはとり合わず聴く必要はないし、おまえのことを、いけないと言っても、良心に響かぬことなら、何も聴く必要はない。
 
郷党: 郷里を同じくする仲間。
鄰里: 隣村。
宗族 本家と分家をあわせた全体。一族。一門
謙和恭順: 慎んだ態度で心から素直に従うこと。
謙: 相手を敬って自分を控えめにする。謙遜(けんそん)する。
和: 争いごとがなく穏やかにまとまる。やわらいださま。
恭順: 謹んで素直に従う。
嗔怪: 何ぜそんなことをする、と腹を立てる・叱る・怒る・怒鳴る。
貪図: 飽きることなくほしがる。よくばる。
  
茂:
時に首肯(しゅこう)拝謝(はいしゃ)す。
 
お辞儀をし、身をかがめて拝(おが)んだ。
 
王:
『汝の口、是非を言う能(あた)わざるは、多少の閑是非(かんぜひ)を省了(しょうりょう)す。』 
 
 
およそ是非を説(い)えば便(すなわ)ち是非を生じ煩悩を生ず。
 
是非を聴けば便(すなわ)ち是非を添え煩悩を添う。
 
 
汝の口、説(い)う能(あた)わず。汝の耳、聴く能わず。多少の閑是非を省了し、多少の閑煩悩を省了す。
 
汝、別人に比すれば、快活自在に到(いた)れること許多(あまた・きょた)なり。』
  
おまえの口が、善い・悪いを言うことができないのは、たいしたことではない、どうでもいいことで、そんなものを省いてしまうことができる。
 
善いの悪いのと言うと、それからして善い悪い問題が起こり煩(わずら)い悩みが生じる。
 
善いの悪いのと聞くと、そこから、善い悪いのということが増え、煩悩がそれに伴って増してくる。
 
おまえの口は言うことはできない、聞くことができない聾唖であるということは、どうでいい無駄な事、無駄な煩悩を省けることになる。
 
おまえは他の人間に比べたら、お前のほうがよっぽどきびきびして自在、愉快だ。
 
閑是非: 無意味なこと。どうでもいいこと。
閑煩悩: どうでもいい煩(わずらわ)しさや悩み。
許多: すぐにはかぞえきれないほど数量が多い。
 
茂:
時に胸を叩き天を指し、地を踏む。
 
感動し、胸をたたき、天を指差し、足で地を踏んだ。
 
王:
『我、如今(いま)(なんじ)に教う。
ただ終日汝の心を行い、口裏に説くを消(もち)いず、ただ終日汝の心を聴いて、耳裏に聴くを消(もち)いざれ。』
 
今、おまえに教えよう。
口で言おう、耳で聴こうなんて考える必要は無い。
心で聴いて心で言えばいい。
 
茂:
頓首(とんしゅ)再拝(さいはい)するのみ。
 
しきりにお辞儀し拝んだ。
 
 

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物事に感動する心は人間にとって一番尊い。
人間の進歩はインスピレーション・何かを感じるところから始まり、ヒント・悟り・偉大な発明発見・・とつながっていく。
感じる心は自分が充実しいなければ出てこない。純真な心、自らに反(かえ)る心、省み・省く心、多少の閑是非を省了し人生の無駄なことを省くところに、感じて行動に移せていける心ある。

無感動な人間はつまらない。


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