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父、重福

父は今年の3月で91歳になる。数えで92歳。

父は若いころ戦争でボルネオ島へ出兵した。
戦争では幸いにも鉄砲で人を撃ったことが無いと聞いた。戦争では食べるものが無くて苦労したが唯一の幸せは、木で完熟したバナナやマンゴーを口にした時だったそうだ。

戦争から無事帰り、大工へ弟子入りした。
私は小さいころから家の棟上げや家具造りに携わる父の姿を目にしてきた。家にはカンナ・ノコギリ・ノミ・各種の道具やクギ類など多くの大工道具が倉庫いっぱいにある。

満州から引き上げてきた高松出身の母と結婚し、私たち子供3人を育てて来た。事情により甥2人を預かり一緒に生活していた時期もあった。

子育ての頃は、贅沢など出来ない毎日の中で、1合半くらい入る直火燗徳利で一杯、時に二杯の晩酌と、刺身がとても好きで一切れでも二切れでもと毎日欲しがっていた。このほかは無駄や贅沢をする事を見ることはなかった。

ただ、生活費を一度持ち出し遊びに行った事や、子供たちのご飯が済んだ後に卓袱(ちゃぶ)台を一度ひっくり返したことを子供心に覚えている。
後から母に聞くと、自分の好みでない刺身は母や子供たちに食べさせ、自分好みの刺身はけっして他に渡さなかったとの事だ。

52歳のころ、食後に「胃が痛い。すっきりしない・・」と言っていたが、結果的には嫌いな医者に行くと胃潰瘍の疑いで2/3の胃切除手術を受けた。術後は一時痩せたが日に5回の食事や禁酒節制で徐々に完全回復した。

定年の年になり、現在の家に移ってからは大工も趣味の世界になり、家庭菜園も毎日の趣味に加わり、新しい楽しみの顔を見るようになった。

しかし年齢を重ねてからは、夏の疲れからの一時入院から心臓不調、病院内での薬の為か?脳梗塞、リハビリ兼ねた施設生活、体調不調など病院生活などでじょじょに体力低下。
しかし、病院生活で不自由さがありながらも愚図ることはない。側で見ているこちらが寧静さに心配を抱くほどだ。



三国時代の諸葛亮(孔明)が「子を誡める書」を残している。
君子の行(こう)は、静 以って身を修め、倹 以って徳を養う。
澹泊(たんぱく)に非ずんば以って志を明らかにするなし。
寧静(ねいせい)に非ずんば以って遠きを到(きわ)むるなし。・・・

「静」とは、シーンとして音が無いのではなく、研ぎ澄まされた活動を導く静。
人は心臓がドクドクと鼓動し、ダイナミックに血が流れ、呼吸もしてダイナミックに動いているが、落ち着いた健康な体は静を以って生命活動をしている。息が乱れ、血流が滞り、脈が荒れていると遠くへ到達、極められない。雑な静は乱れた動となり、騒となる。いい動はいい静につながる。いい仕事、志を達成するには、研ぎ澄まされた静を以って学び極めていかなければならない、と戒めている。

「倹」とは、倹約すること。
無駄口をたたかない。無駄な金を使わない。徳を失う事を倹約していくこと。多弁で喋る必要も無いのにベラベラ喋る、口が軽いのは徳を損う。つまらない事を喋らない。そして、万物に優しく、正義身に付け、礼儀を外さず、より智を求め、信頼を確立していき・・・徳性、技能、知能、習慣・・・徳を養っていく。



父の名前は「重福」。
福を重ねていくと言う名を受けて、しっかり生きてきた。
「福」は幸せの意味ではあるが、棚からぼた餅的な人から思いがけない幸せを手に入れた幸せではなくて、自ら努力して掴む幸せを福と言う。一つ一つの生活の中で仕事の中で、質を高め極めて行き身を修めていく。そして福を重ねていく。

父はいい名をもらい、多くの局面で母や親戚や師匠・先輩や友達の大きな力添えをもらい、そして自身の精進と生き方の中で、こつこつと福を重ねてきた。

仕事であった大工、その基本は切磋琢磨。
その鋸で切る、ヤスリ・鉋で磨く、金槌などで琢(う)つ。、砥石などで磨く、の中で身を修めてきた。
太い歯や細い歯の鋸を使い分け、墨入れした外線に沿って真直ぐに歯が走り、切粉がリズミカルに手元にかぎ出される。
鋸の歯が木の断面を探り当てる音は、濁音無く澄んでいる。

金槌で4cmほどの釘を、頭や首下が曲がることなく5回ほど打ち、最後の一振りで釘の頭を金槌の板の面より1~2mm深く沈める。
釘が下の木材を捕まえる音は、一体化して深く重たい。

沈んだ釘頭の上を鉋が木の目を見極め走る。一回目は毛羽立った木の面のバラバラした鉋屑。二回目は新春の南風が百分代の薄さで透き通った鉋屑を舞い上げる。
一引きの音は短くも無く長くも無く、高くも無く低くも無く澄んでいる。
柱のような長い木の二度引きの音は、途中で移動しながらの二度目の引きも、鉋屑は切れることは無く、音も一引きの音となんら変わらない。

砥石は荒・仕上げ・・と何種類も使い分ける。ノミや鉋刃の角度の付いた背面と腹面は手がブレる事はない。
研ぎ出される刃先は砥石面から浮かび上がり、その音は砥石に深く滲み入る。研ぎ澄まされた歯から出る鉋やノミの音は、木材の中に埋もれている使い手の抱く形を作り出す。

30年前に家を建てた時、父は障子、家具や吊戸棚を全て作った。今も建て付けに狂いは出ていない。親戚の家具や仕事で携わった家具も多く作ったが、狂いが出てないと聞く。



そして今一つ、父に伝えたい事がある。

小生が小学校の頃、「学問のすすめ」を家族の前で本読みする事が宿題で出された。
父は食事を済ませ、いつもの鼻毛を抜いている。

私は教科書を広げ本読みを開始した。
「天は人の上に人を作らず、人の下に人を作らず。・・・
人は生まれながら貴賎上下の差別ない・・・
学問を勤めて物事をよく知るものは貴人となり富人となり・・
無学なる者は貧人となり下人となる・・・」。

本読み後、父が言った。
「俺は学校も出てないし、勉強もしてないから、無学で、貧乏人で、寂しい人間だな・・・」と。

私は、教科書の意味の持つもやもやさ・不自然さを感じながら言った。
「そんな事ないよ。学校に行ける人が行かなくて、行って勉強できる人が勉強しない人が寂しい人だと言ってると思うよ・・・」と。
父の言葉にきちっと答えられなかった。



そして50年近く経った今、伝えたい答えを見つけた。
論語
「子夏(しか)(いわ)く、賢(けん)を賢として色に易(か)え、父母に事(つか)へて能(よ)く其(そ)の力を竭(つ)くし、君( きみ)に事へて能く其の身を致し、朋友(ほうゆう)と交はるに言(い)いて信(しん)有らば、未だ学ばずと曰(い)ふと雖(いえど)も、吾(われ)は必ず之(これ)を学びたりと謂(い)はん。」

通訳
「孔子の門人子夏が言った、賢人を尊び慕いそれを形に表し、父母につかえてよく可能なかぎりの力を発揮し、上司先輩に仕えては一身を捧げ、友と交わっては信あり偽り無ければ、人の道を明らかにし誠心誠意行っているのであるから、人が未だ学んでいない者と言っても、吾はこの人を学問した人と言おう」

『親父さん、先輩・友達を敬い、母親・子供・親戚を大切にし、仕事を教えてもらった先輩を敬い、友達を大切にし、嘘を言わず、誠意を持って人に接し、コツコツ仕事に打ち込み、愚痴を言わず、人の道を外す事なく生きた人は、学校を出た事が問題ではなく、人生の中で学び立派に生きた人だ』と。

父は、「静 以って身を修め、倹 以って徳を養う・・・」の言葉を知らないと思う。
学校も最低限しか出ていないが、毎日の生活の中で身を修め、倹約し、自分の徳を積み、家族や親戚や師友に助け助けられ立派にj学び生きて来た。

子供としてその生き方を誇りに思う。そして次の世代にもその生き方の大切さを引継いで行きたいと思う。

 

2012.1.13-15


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